4杯目 皿洗い

 私は海外で皿洗い、引っ越し屋、現場監督、倉庫番等の仕事をした、種類としては少ない方だと思う。

 オーストラリアのシドニーで皿洗いをしていた時に中国人の通訳をするハメになった、中国語なんて知らない。経緯はこうだ、職業安定所で、あるホテルの皿洗いを紹介されて面接に行った、色々な質問に答えてゆくうち、何語が喋れるか?という質問になった、さすが移民の国だと思い、旅なれても来ていた勢いで、日本語、タイ語、マレー語、中国語少々と英語、とりわけ英語が一番下手だなどといいかげんに4,5ヶ国語が出来ると答えた、皿洗いに語学は関係ないと思っていたし、ここオーストラリアではタイ語、マレー語など全く関係ないだろと思っていた、ところがだ、暫くしたころ皿洗いに励んでいる私にちょっとフロントに来いと言う、なんだろうとフロントに行くとそこに一人の東洋人の男がいる、フロントが、中国語しか解らない様で困っている、そこでオマエの助けが必要だと言う、今更あれは冗談でしたとも言えず、はい、やってみますと覚悟を決めた。中国語は言わなきゃよかたなと後悔するが後の祭り、「ニーハォ」「シェィシェィ」では会話にならない、こうなれば全て日本語しきゃない、暫く2人で頓珍漢(とんちんかん)な会話を続けた後、フロントに中国は広くて何種類かの方言があり私の中国語は彼には解らないし彼のも私には解らない、とそうそうに皿洗いに逃げ帰った。暫くの間、私の語学力(?)を買われてフロントへなんて事はないだろうな、と本気で心配した。


 オーストラリアの日本料理店で寿司を握っていた男の話だが、ここへ来るまで寿司など握った事はないと言う、よくそれで働けたねと言うと、いや寿司を握るのはいいが魚をさばくのが大変だったのと魚の名前を知らなかったからと言う、そこは経営者が中国人で、彼が言うには日本料理店ではなく日本風料理店というのが妥当な店だという、経営者は日本人なら皆寿司を握れると思っているのですぐに就職は決まったとの事だった。決まってすぐ、経営者に英語での魚の名前を教えてもらい辞書を引いて日本名が判ったという、こんな話が当時はいくらでもあった、今のようにそこらに日本料理店があったわけでもなく、日本料理でも通用する時代だったんですね、今なら(国にもよるだろうが)3日ともたないだろう。当時彼の握った寿司風おにぎりを食べ日本を偲んだ人がいたら、お気の毒さまでした。


 工場のフォークリフト運転手として採用されたその男、今までフォークリフトの運転などした事はない。
 出勤第1日目、自分の運転するフォークリフトに連れて行かれて一言「アッ、日本のと違う。」ちょっとトレーニングすればすぐ慣れる、でセーフ。


 ある国で引っ越し屋(日本人相手)をしていた時の事だ、朝会社の倉庫から、梱包材料などを積み従業員も乗せてトラックで引っ越し(日本へ)をする家庭に行く、人件費の安かったその国では茶碗から家具まで全てその日に我々が梱包する、お客さんは何もしないのだ。毎日仕事があるわけでもないので常雇いの従業員は少なかった、事前の見積もりで、梱包すべき荷物の多い家庭に行く時にはその常雇いの従業員に友達を連れて来るよう頼んだ、その日もそんなお客さんだったので何人かのアルバイトがいた、夕方、梱包も終わり、それらの荷物も倉庫に運び入れると今日の仕事が終わる、事務所にいた私の所に日当を貰いに来たアルバイトの一人がどうみても似合わない立派な皮靴を履いている、そうお客さんの靴だ、すぐ脱がせたが、裸足で帰らなければならないという、自分が履いて来たものはご丁寧にも梱包してお客さんの荷物の中、遅くまでかかって梱包のやり直しをした、彼が履いて来たのはチビたサンダルだった。

 これが始めてではなかったかも知れない、もし梱包を解いてチビたサンダルが出て来たという人がいたら、それは私の監督不行届きのせいです、この場をお借りして陳謝致します。


 これも引っ越し屋の時だが、その家の奥さんがメソメソしている、梱包が終わりに近づいた頃には泣き出してしまった。そんなにこの国を離れるのが悲しいのかな、いい国だからなァ、と思っていたら、この国を離れるのが悲しいのではなく、日本へ帰り、又以前の生活をするのが悲しい、と言う。
 そうだよなァ、ここでは運転手付、お手伝いさんがいるのが当たり前、家は広い、家事は少ないという生活を数年してしまったら、運転手、お手伝いさんなんてとんでもない、家事は全て自分でやらなければならない生活には戻りたくはないだろう、風呂もない社宅に戻らなければならないんですよ、と、ある日本企業の駐在員の奥さんは涙を拭いた。こんな奥さんが何人かいた。今はどうなんだろうか、風呂もない社宅ってのはなさそうな気はするが。 


 仕事と言えば、「皿洗い」がすぐ頭に浮かぶ、そのくらい貧乏旅行者にはメジャーな仕事だ、だが皿洗いにもランクがあった、地位ではなく給料のだ、私は一度しかやっていないので知らないが、上からいくと中華、洋食、和食だそうで、なるほど中華は油物が多そうなので、洗うのは和食より大変そうだ、本当かもしれない。

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