第8話 着のみ着のまま

 「第7話 西へ西へ」にあるイランのバスの切符に10・20とメモがあるので10月20日の事だろう、トルコには21日に入っている。

バスの切符

 上の切符だがERZURUM/HAYDARPASAと書いてあるが日付が解らない、中央にある「23010 174」がそうなのであろうか、それが10月23日なら日付が合いそうな気がする、この切符を解読出来る人がいたら知らせてほしい、10月25日にはイスタンブールにいて日本大使館でヨーロッパ各国の渡航先追加をお願いしている。

 左の領収書がその時のものだ。

 ここで書きたいのは切符の話ではない、上の切符がそうなのかどうか解らないが、イスタンブールには列車で入った、例によって私は網棚で寝ていた、気がつくと頭の所に置いてあったバッグがない「やられた!」私は一瞬青くなったが、大した物は入っていない(「第1話 出国」の写真にあるバッグだ)、パスポート、現金等は身に付けていた、多分盗ったやつはイスタンブールまで行くだろう、そこで待ち伏せていれば取り返す事ができるかも知れない、と考えた、列車がイスタンブールに着くと私は真っ先に降りて列車の先頭に行き、降りて来る乗客の荷物を注意深く観察した、ところがなんという事だ盗ったやつは自分の荷物とともに私のバッグをさげて降りてきたではないか、泥棒なら盗った物を隠すのが常識ではないだろうか、それを見て私は「カッ」と来た、思わずインドで買った、刃渡り18Cm程の飛び出しナイフを手にその男めがけて走った、それに気付いた男も逃げる、イスタンブール駅構内の人ごみの中をかなり追いかけ廻した、男は諦めたのか私のバッグを放し、私がそれを拾い上げている間に人ごみに紛れてしまった、私も警察官らが来ないうちにとさっさとそこを離れた。あの時、男に追いついていたら私はトルコの「塀の中」を体験したかもしれない、こうして私はバッグを取り返したのだが、数時間後にはまた盗られてしまったのだ。

 イスタンブールにはYH(ユースホステル)があると聞いていたのでそこに行った、YHは畑の真中というような所にあった、周りに家もなく入り口も閉まっていて誰も居ない、近くで羊を放牧している老人がいたので、ここには人がいないのか尋ねた(当然身振り手振りでだ)、もう少し待っていろと言っているようなので入り口に腰を下ろした。暫くすると今度はその老人が来て、オレはちょっと村に用足しに行って来るから羊を見ていてくれないか?と言う、入り口に腰を下ろしてボーッと老人と羊を見ていた私には何の雑作も無い仕事に思えたので老人から杖を受け取り「トルコの羊飼い」となった。

 あなたは羊の目を見た事があるだろうか?

 ちょっと目の話をしよう、動物の目だが、それぞれその動物らしい目をしている様に思う、蛇は蛇らしいし、ラバは写真でも判る通りいつも悲しそうに下を向いて重い荷物を背に、人生(ラバ生)を諦めているかの様な目だし、ラクダは「キッ」として長い睫毛を瞬かせ遥か砂漠の向こうを見ている様な気がする、ゾウは温和で利発そうだし、チンチョク(タイのヤモリ)はクリクリとしてかわいい、では羊はどうだ、彼らはいつも下を向いて草を食んでいるが、上目使いに、いつかチャンスがあったら、という目をしている。

 それにまんまと引っかかってしまった。10数頭程だったろうか、老人が丘の陰に隠れたとたん、それまで大人しく固まって草を食んでいたのが、ばらばらに動き始め畑の野菜を食い始めた、こっちのやつを畑から追い出しているうち、あっちのやつが畑に入る、向こうの方へ歩いて行くやつもいるで、まるで牧羊犬の様に羊を追いかけ回した、そうこうするうち老人が帰って来て、何か叫ぶと羊達は1ッ所に集まり何事もなかったように下を向いて草を食んでいる。まったくバカにされたもんだ、へとへとになりYHの入り口に帰ると、そこに置いたバッグがないではないか、もう怒る元気もなく私はそこに腰を下ろした。一度は諦めたんだし、衣類は買えばい、こうして私は着のみ着のままになってしまった。

 暫くすると管理人が帰って来た、車でインドに行くんだというイギリス人も帰って来る、盗られた話をすると、そうかお前もやられたのか、オレも盗られてしまって今警察に行ってたんだ明日一緒に行こうという事になった。

 次の日、彼の車で村(町?)の警察に行った、彼はズンズン奥の部屋に入って行く私も彼の後に続いて部屋に入りソファに腰を下ろした、署長の部屋だった、どうだ捕まえたか?こいつも荷物を盗られたんだ、早く捕まえろってな事を言っている、私も説明を受けながら被害届を書いた、ついでに現金、時計等も付け加えてやった。被害届も書き終わりそれを持って出て行く署員にイギリス人は紅茶を頼んだ、署員も署長もそれについて何も言わない、紅茶が運ばれて来るとイギリス人は又署長にあの荷物がないと困るんだインドまで行くんだからなと文句を言う、署長は机の引出しからアルバム(?)を取り出すと我々に見てみろと差し出した、その中には沢山の凶悪そうな顔写真があった、アラブ人は只でさえ精悍な顔つきをしているのに悪人となればなお更だ、どのように彼らを捕まえたらいいのだ、こんなにいるのにと署長、それがオマエの仕事だとイギリス人、こんな事を何日か続けた、たまには紅茶にお菓子も付いた。

 この時の荷物は今だ出てこない、日用品、衣類は惜しいとは思わなかったが、カメラとフィルムは戻って来てほしかった。

 「アリババと40人の盗賊」というのは桁数が間違って日本に伝えられたと思う。

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